今年大切にしたいこと

最近、ブログを読んでます。

と、感想を言ってもらうことが増えてきました。

とても嬉しいです。

読んでくれてる人がいるんだ。

何か感じてくれてる人がいるんだ。

そう思うと、嬉しいもんです。

ありがとうございます。

少し前に、今年大切にしていきたいことをノートに書いてみました。

それはこんなこと。

 

丁寧に文字を書く事

好きな音楽を聴く事

好きな香りを嗅ぐ事

絵を描いて思っていた事を感じる事

本を読む事

素直な文章を書く事

美しいと思うものを見に行く事

心惹かれる人に会いに行く事

掃除を丁寧にする事

ご飯をゆっくりと食べる事

子供と楽しむ事

 

どれも他愛のないことです。

 

年始に仲の良いお友達がSNSとの付き合い方について書いていて

それに触発され、SNSに触れる時間をかなり減らしました。

そして、これらの他愛のないけれど大切にしたいことに触れる時間を増やしました。

 

いい感じです。

 

でも、SNSは上手に使うと沢山喜びの種をくれるツールだと思っているので

これからもいい関係を築いていきたいです。

 

また、日々心に留まった事柄を

出来るだけ言葉として紙に書くようにしました。

意識を向けていきたい方向や

自分の認識を見直すきっかけになるので

それもとてもいい感じです。

 

去年の暮れから深い部分での微調整を始めている感じです。

この微調整は2年くらいはかかるかな。と感じています。

 

最近お気に入りのフレーズは

「のんびり、気長に、気楽に」

です^^

 

明日はお世話になっているヨガスタジオFIVE ELEMENTSの2周年記念祭です。

私はチネイザンで参加します。

様々な1日限りのコラボヨガクラスやヒーリングセッション

マルシェエリアでの菜食お菓子や新鮮な野菜を使ったご飯

筆跡鑑定にオーガニックフェアトレードコーヒー

楽器のWSやアーユルヴェーダ商品など盛りだくさんです!

詳細は→2周年記念祭

 

 

2018-01-19 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

「反対・否定」が無い世界だったら

娘は従姉妹と遊びに行き

夫は恒例の酔い潰れ朝帰りで爆睡中

一通りの家事を終え

気長に黒豆を煮ながら

柚子茶を飲み

今年最後のブログを書いています。

(先日友達と1日沢山歩いた、糺の森の朝の光)

 

もし、この世に「反対する・否定する」という概念が無かったら

 

とふとお風呂で考えてました。

 

Aさんは「私は〇〇だと思う」という

Bさんは「私は△△だと思う」という

 

2人は意見が違うけど、反対や否定をするという概念がないので

 

Aさんは「私は△△のなかで◇◇な部分は賛成できる」という

Bさんは「私は〇〇のなかで☆☆な部分は賛成できる」という

 

こうやって繰り返し、お互い賛成できる・肯定できる部分が残って行き

自然と距離が近くなっていく

 

かもしれない。

(同じ日、夕方の日の光。同じ太陽だけど表情は様々)

 

否定や反対のコミュニケーションを経た方が良いものが生まれるのだろうか

それを全く無くしてしまったらダメな世の中になるのだろうか

不健全で不自然な状態なのだろうか

 

物事はそんな単純じゃないし

どうしようなく悪意に溢れているものも存在する

勇気を持って反対する、否定する、ということが必要なこともきっと沢山ある

 

存在を肯定してもらえた上で、これは違うと思うと言われたことが

自分の栄養になる事も沢山ある

 

私にはわからないけど

今の自分の周りには肯定から生まれるコミュニケーションが溢れている

それはとっても居心地がいいし

何より相手を、自分を、好きになる。

 

もし、誰かの尊厳を否定する、そんな概念が存在しなかったら

全ての人が、全ての人を尊重できたのなら

 

もしもボックスがあったらあなたはどんな世界を創造しますか?

 

 

でも、こと家族、となると

とても簡単に否定・反対してしまう 笑

来年は家庭という小宇宙に「否定・反対」ではなく

「賛成・肯定」のエネルギーを満たしていこう。

 

私は生きてきて沢山の否定や批判をしてきたな

沢山の人を傷つけたし、沢山の自然も傷つけた

ごめんなさい

 

キールタンで聴いた「ホ・オポノポノ」のこの言葉

 

ありがとう

ごめんなさい

許してね

愛しています

 

許してね、許してください

 

この言葉が一番胸に響く

この言葉を唄った時

「ああ、もう許されているんだな、すっかり許されているんだ」

ってそう思って涙が流れました。

 

大晦日の今日、一年を振り返り

この言葉と共に過ごしたいなって思います。

 

皆さま、良いお年をお迎えください。

 

ありがとう

ごめんなさい

許してね

愛しています

2017-12-31 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

ふるふるブヨブヨをつんつん

今年もあと三日。

外はとっても寒いです。

今年一年沢山の出逢いがありました。

全ての出逢いに、私と関わって下さった全ての方に感謝します。

心から、ありがとうございます。

 

ヨガスタジオFIVE ELEMENTSでのシリーズクラス

(秋はお休みしたけど、来春はまたさせてもらう予定です♡)

 

毎週火曜日のママと赤ちゃんとのヨガ

(お母さんの元気と赤ちゃんの成長の側に居させてもらえる喜び)

 

毎週水曜日の自宅でのみんなでおうちヨーガ

(新しい方も昔からの方も励ましあえる場所)

 

プライベートセッション

(沢山のお菓子は来てくださったみなさんのお顔と重なります)

 

アーユルヴェーダや様々なWS、イベント

(ひーちゃんとの山小屋さんでのコラボWS、今年だったんだ!)

 

(みゆきーるたんが我が家でWSしてくれたのも今年。私はお菓子を担当させてもらった)

 

(鴨川キルタン♪は忘れられないギフトだったな)

 

(自宅でのWSは思い切ってやって本当良かった)

 

(トシさんとのWSでもお菓子を担当させてもらった。大切な出逢い)

 

(仲良しのひーちゃんと愛ちゃんとのWS。いい時間だった、とても)

 

振り返ればとても昔のことのよう。

一年は早いけどとても長い。

同じ私はいない。

 

今日来年のイメージを描いてみた。

こんな感じ。

どんな感じ? 笑

 

この絵を見てみんなどんなイメージをもつのかな?

また感想を教えて下さい♪

 

全ての方が私の先生です。

今年一年ありがとうございました。

そして来年もよろしくお願い致します。

 

 

 

2017-12-29 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

サンタさんっているの?

(娘が2年生の時のサンタさんへの手紙)

我が家の娘は小学4年生

遂にサンタさんが誰なのか知る時を迎えました。

今までも何回か

「学校の子がサンタさんはお父さんとお母さんやって言ってる」

と言って来て

その時は

「サンタさんはいるけれど、本当に信じている子の所にしかこないから

そう言っている子たちにはお父さんとお母さんがプレゼントをあげているんだよ。

だからその子たちも嘘つきじゃないし

サンタを信じている子も嘘つきじゃないよ。」

って伝えました。

その効果は抜群で、すっかり信じて

「ももちゃんはずっと信じる!」

って言っていたのですが

(ある年のクリスマスごはん。ようがんばったなーー)

今年

「クラスの殆どの子がサンタさんいないって言ってる。けど、ももちゃんは信じてるから!」

と伝えて来た様子を見て

(今がタイミングかな)

と感じました。

(1年生のお手紙。この年はコーヒーとクッキー)

そこで、膝に娘を座らせて

「あんな、サンタさんはいるねん。いるねんけどな、それはお父さんとお母さんやねん」

と伝えました。

すると笑顔で

「うん」

と言いました。

「安心した?肩の荷降りた?」

と聞くと

めっちゃ笑顔で

「うん!」

と言いました。

(3年生、去年は北欧のミルクがゆをサンタさんに用意)

彼女は優しい子なので、きっと来年も再来年も

サンタさんを信じるふりをしてくれたでしょう。

自分のためでなく、わたしのために。

 

ああ、良かった。伝えるその時をちゃんと見つけられた。

彼女が自然に信じられる間、サンタさんになれて

彼女が自然に気づく時にお母さんサンタになれた。

(幼稚園のころのごはん、怖いトナカイ笑)

私はちょうど娘くらいの頃

もうサンタさんは親がしてるんだなって気づいていたけど

それを子供から言ったらなんかダメな気がして

親を傷つける、努力を台無しにする、そんな気がして

どうしようかなあ、、、と思っていた記憶があります。

でもそんな気にしていたのに、ある年のクリスマスに

「さっさとプレゼント選び!」

と怒られた上、その場でお会計し

「はい」

とクリスマスプレゼントを手渡され正体をバラされる。

という衝撃的なカミングアウトを経験するのも今では笑えるお話。笑

子供はどんどん大きくなる。

こうやって過去のクリスマスの写真を振り返って

あの時あの時間、色んなことを一緒に出来て幸せだったなって

ちょっとウルウルしながら思います。

日々生意気な口の聞き方は増えるけど 笑

ものすごく腹も立つけど 笑

昔のサンタさんを信じていた娘も

今の色んなことを色んな角度で考えられるようになった娘も

どっちも大好きです。どっちも素晴らしいことやなって思います。

 

今年のクリスマスプレゼントは

彼女が3つ候補を選んで、そのうちのどれがくるかはわからない

という形式になりました。

しかも宝探し形式で隠さなければいけません。

親サンタは正体がわかったあとでも色々することがあるようです。笑

 

2017-12-21 | Posted in 徒然ごと, 未分類No Comments » 

何に意識を向けていきたいか

(伊藤武先生に描いてもらったグリーンターラー、憧れの慈悲の女神)

11月最初の1週間は、マントラのプライベートセッション、タイヨガのトレーニング、ヨーガスートラ講座、と学ぶ時間が詰まった日々でした。

そんな中自分の意識の中心にあった問いは

「何に意識をむけていきたいか」

でした。

これはマントラの先生やタイヨガの先生に問われたことです。

そしてたまたま先週からのプライベートヨガで私に会いに来てくれた方に、今度は私が聞いたことでもあります。

プライベートクラスではよく、なんてタイミングで。ということがあり

その人に話しかけているのか、自分自身に問うているのか

境目が混ざり合います。

毎回生徒さんに向き合いながら、自分自身に気づきがあり、学びがあります。

マントラの先生が「私は鏡だからね」と何回も伝えてくれました。

私も私の生徒さんの前にいる時、向かい合う2人は鏡だなとよく感じます。

学ぶ側にいる時はそれを感じるのが難しいけれど

やっぱりそういうことなんだろうな、って思います。

また、この期間は「執着しない」ということについてよく感じ考えた期間でもありました。

(私の汚い字 笑 でヨーガの二本の大黒柱と書いてあります)

ヨーガスートラではこんな有名な一節があります。

「それ(心の活動)は実修と離欲によって停止」

(ヨーガスートラ1ー12 伊藤武 訳)

ここで言う実修とは

サンスクリット語でabhi(〜に向かって)から派生するabhyasah

なので、目標に向かって何度も何度も反復して繰り返すこと。

自分が意識を向ける方向を定め、それに向かってコツコツと繰り返すこと。です。

そうすると、私のような凡人はついついその結果を求めてしまったりします。

そこで大事になってくるのが離欲かな、と思います。

バガヴァットギーターでもカルマヨーガの章などを中心に

結果への執着を捨てること、が繰り返し説かれます。

ただここで説かれている離欲は結果だけではなくその行為そのもののことでもあるように感じます。

「離欲は、見たり伝えられたものに対する執心を脱した(欲望の)征服者の意識」

(ヨーガスートラ1ー15 伊藤武 訳)

伝えられたものに対する執着

もしくは伝えてくれた人に対する執心

それは結構扱うのが難しいものだな、と感じます。

(最初は安心して繋いだ手も、離れる寂しさ・怖さが生まれ、不安に繋がることもある。)

いかに執着なく、執心なく

尊敬と愛をもって学びつづけるか。

自分が学ぶ側でも先生と言う立場に立つ時でも

とっても大切なことだなと思います。

そんな時に、こっちだよ、って教えてくれる灯火が

「何に意識を向けていきたいか」

なのかな、って思います。

それは執着だけではなく、いろんなことで迷った時にも。

だからそれをまずしっかり見つめることは、とても大切なことなんだと思います。

 

ここ最近感じたり考えていたことを

文字に残しておこうかなって思って書きました。

またこれを読んで感じたりしたこと聞かせてもらえたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

2017-11-20 | Posted in 徒然ごと, 未分類No Comments » 

素直な気持ち

今日お気に入りのごはん屋さんで、気の置けない友達とランチしていました。

気の置けない、って書いてると面白い日本語ですね

元々は気を使わなくていいほど打ち解けた。の意味ですが、最近はあの人は気が置けないから気をつけてね。など逆の意味で理解している人が多いそうです。

まあ、その気持ちもわかる不思議な言葉だなって思いますが、氣が置いてある状態、氣の置いてない状態ってどんなかな、と想像すると本来の意味がわかるような気がします。

二人の間に「氣」が交流せずに置いてある状態

うん、なんか気まずい。

「氣」が置かれずにスーーーっと行き来している状態

うん、とっても気持ちいい。

そんな感じの友達とのランチです。

(気の置けない人々)

なんてない話を笑いながらしている時間なんですが

あとからじわーーっと効いてくるそんな時間です。

友達がバンスリーを練習していると色んなことがクリアになってくる、と話していたのですが

そういう時間が過ぎた後も、自分の中の考えが自然にまとまっている時があります。

今日もそう。

アーユルヴェーダは大好き。

でも、私は「アーユルヴェーダ」の伝道者ではない。

私はアーユルヴェーダからインスピレーションを受け、私という容れ物を通して表現している、人。

だから、アーユルヴェーダで良しとされていることでも、自分の体感でピンときていないことをお話しすることに違和感を感じてしまう。

ヨーガは大好き。

でも、私は「ヨーガ」の求道者ではない。

rāga ラーガ 色・色欲・心の色

心を染める喜怒哀楽・揺らぎ、その動きを止める、滅する。

そうしたい、とは思っていない。

むしろそれがあることを愛している。

(秋の空って好き)

正しい「何か」を伝える人ではない。

私はただの容れ物で表現者、愛好家。

それらを学ぶことは大好きだけど。

もっともっと自分が、五感が感じていることに素直でいたい。

最近はシリーズクラスもお休みして、すっかりプライベートセッションメインの活動になっていますが

何か形にしていってみようかな。と思います。

まだ内容も場所もなんにも決まっていないけど

何かリクエストがあればお伝え頂けたら嬉しいです。

 

2017-09-12 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

娘へのラブレター

先日ママヨガにヨガ講師のお友達が赤ちゃんの見守りにきてくれました。

(和やかな時間)

クラスの後のお話の時間で、目も手も届く赤ちゃんの時期は本当に特別だよね。っていう話をしてました。

私は自分が赤ちゃんの子育て中は早く大きくなってくれーーー!って思っていたのですが 笑

今はそれをしみじみ感じます。

(娘0ヶ月)

ああ、この頃、それをもっとわかっていたらなあ。

タイムスリップして言ってやりたいな、自分に。ま、でも聞かないだろな。笑

昨日、娘が久しぶりに学校で嫌なことがあったと泣いてました。

ええ?!1日でそんなに沢山嫌なことが?!というほど色んなエピソードが出てきたのでびっくりしましたが

ここ半年の総括でした。笑   時系列!!

(初外ヨガは2ヶ月かな。)

きっと嫌なことが引き金で、今まで溜まっていたものが一緒に出てきたのでしょう。

感情と涙の大掃除。

悲しみの座、肺を撫ぜ撫ぜ。愛をたっぷりハートに充電。

ぎゅーーーっとして寄り添って、いつもより1時間晩御飯は遅くなってしまったけど、気の済むまで笑顔が溢れるまで話を聞きました。

ご飯も私の分までパクパク食べて(ヴァータな私はこういう時食欲が無くなってしまいます。。)

コテンと寝て、その気持ち良さそうな寝相を見て少しだけホッとしました。

(手作りMOMOジャム瓶をパクリ。6ヶ月くらいかな)

今日は1日、どうなったかなーー悲しくなっていないかなーーと気もそぞろな母。

仲直りしたーーー!でも、これからはもっと強くなる!!

と元気いっぱいに帰ってきてくれました。

そしてぴゅーーーっと遊びにいきました。

、、、、、、、。(呆気)

色んな経験を経てどんどん逞しくなるなあ。

そしてずっとずっと人に優しい。

それは本当の強さ。

(初、桃の節句、頂きますができるようになったんだね)

優しくってのんびりしているから、強く言われたり傷つけられることも少しだけ多い。それは赤ちゃんの時から。

おもちゃは取られ放題、叩かれてもなんにもしない、順番はいつも抜かされて最後。

でも、ずっとずっと優しいあなたは、沢山の人に愛されてきた。

本当の強さを持っている彼女をとても尊敬しています。

この笑顔をずっと守らせてください。

と満月の昨日、神様にお祈りしました。

こうやって子供が大きくなっていくにつれ

自分が小学生だった頃を思い出します。

あの頃は教育ママだった私にあんまり興味のない母親、というイメージだったけど

違うなあ。凄く信用してくれてたな。なんでもやらせてくれてたな。

って分かるようになりました。

自分がとても愛されていたんだなってことが。

(1歳の誕生日はミッフィーごはんだったんだ)

昨日娘にこの唄を捧げるよ!とブルーハーツの街という唄を捧げましたが、まだピンときてませんでしたが。笑

いつかもっと大きくなった時にまた聴いてほしいな。

きっと会えるよ。涙も笑顔も分かち合える友達と。

+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-

アスファルトだけじゃない
コンクリートだけじゃない
いつか会えるよ 同じ涙をこらえきれぬ友達と
きっと会えるよ

毒ガスばかりじゃない
ドロ水ばかりじゃない
いつか会えるよ 同じ気持ちで爆発しそうな仲間と
きっと会えるよ

その時 おまえには 何が言えるだろう
その時 友達と 何を話すだろう

見せかけばかりじゃない
口先だけでもない
いつか見るだろう 同じこぶしをにぎりしめて立つ人を
きっと見るだろう

その時ぼくたちは 何ができるだろう
右手と左手で 何ができるだろう
命のあるかぎり 忘れてはいけない
今しかぼくにしか できないことがある

2017-09-07 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

さみしさと切なさと愛おしさと

いよいよ今週の金曜日から娘の学校がはじまるので、プライベートヨガみんなでおうちヨーガも通常営業に戻ります。

夏休み中はクラスが少なくなる分、ブログを書こう!と思っていたのにこの有様。

最近は非言語のコミュニケーションの方がしっくりきているからか

何かを言葉に残す、ということにあまり意識が向きません。

話すことがないなあ、と思ったりもします。

また言葉にする、ということが前に出てくる時期もやってくるとは思うけど。

聞かれたことによって、自分の中に眠っていた言葉が動き出すことが多いので、是非私を見かけたら話しかけてもらえたら嬉しいです。

今日は独り言のように、浮かんでくるままに文章を書いてみようと思います。

夏の終わりってなんだかさみしい。切ない。

多分何かの終わりを感じる時ってそう。

夕陽とか。朝日は切なくならない。

花が枯れていく様とか。蕾が開くときはさみしくない。

親の髪とか肌の質感とか。赤ちゃんのそれはもう全く。

でもそのさみしさとか切なさが、今をスローモーションのように感じさせてくれて

とっても愛おしい。

私たちは、きっとさみしさや切なさが大好きで。

その刹那を愛おしむ、そんな性質を産まれながらに持っている。

それは産まれる、ということが、死、とセットだからだろうか。

お母さんのお腹の中から、終わりの種を抱いて産まれ出てくる。

いつか終わることがわかっているから、わかっていても

精一杯生きたい生きたいって泣くんだよね。

なんと命の愛おしいこと!

この世界の美しいこと!

今日「ループ量子重力理論」では量子のループの泡のような結びつきとその相互作用、それが宇宙を形成していて

時間も空間も、我々が認知できるような意味ではこの宇宙に存在していない。

という、まさに「空」のような物理学のお話をチラッと読んだ。

宇宙物理学や量子力学は本当に文学であり哲学で古代宗教のようだ。

もし、その愛おしい美しい命や世界が、私たちが作り上げた概念だとしても。

それを慈しんで味わい尽くすことが

幸せだなあ、と感じた、そんな8月下旬の夕方でした。

 

おしまい!

 

2017-08-21 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

名前のない何か

先月の末、マントラの先生のwsがあり

栃木からマントラファミリーのお友達が泊まりに来てくれました。

旦那さんと娘は旦那さんの実家にお泊りにいったので

久しぶりの友達だけの時間。

夜遅くまでお話しして、朝ごはんを一緒に食べて

下鴨神社にお参りに行き、デリでご飯を買って外で食べて

その夜は沢山の不思議が重なり

大切な先生や仲間がお家に来てくれました。

その後またお泊まりをして、次の日もみんな集まって

お出かけしたり、お家でゆっくりしたり

その3日間は少し時の流れがうねうねして

コマ送りのような、早送りのような、一時停止のような

そのどれものような

不思議の国のアリスのような日々でした。

 

その後ゆっくり時計の針がいつもの速さに戻って

わたしがいる場所での日々の暮らしが

カチコチカチコチと刻まれています。

お祭りの後は

いつも少し寂しくなり

そしてゆっくり日常が愛おしくなります。

近くにいつもいてくれる人の

当たり前、が愛おしく、有難く思えます。

最近ふと思うのですが

私はいつか

ヨガ、や、アーユルヴェーダ、や、チネイザン

という名前を捨てるかもしれないな。

 

今はまだそれらに夢中だし

私はまだまだ傲慢で自我が強いので

それらの教えが必要だし、助けになる。

 

だけど、いつかは

なんか名前のつかない何かを色々やってますけど

よかったら来てくださいね。

という人になれたらいいし、いいな、と思います。

 

プロフィールに書く自分の肩書きが

なかなかしっくりくるのがなかったのですが

まぜまぜ therapist

にしてみました。

今の所気に入っています。

今はまだ、頭に

yoga+ayurveda+chi nei tsang

がついてます^^

2017-06-09 | Posted in 徒然ごとNo Comments » 

6月のプライベートヨガの日程*京都・西京極のおうちヨガ

6月の京都・西京極のおうちプライベートヨガの日程です^^

(バナナとイチゴのクラフティタルト)

春休みが終わった!と思っていたらもうすぐGWですね

桜の季節も終わり初夏のような気温の日も出てきました。

季節の移り変わりに合わせ、プライベートヨガのお菓子も

グラデーションのように移り変わっていきます

(抹茶とココアのマーブル桜マフィン)

春は何か新しい事を始めたくなる方も多いので

初めましての方も増えています。

身体が固い、運動が苦手、そんな方も安心していらしてください。

その方に合ったアプローチで、あなたのためのヨガの時間を一緒に作りましょう。

(文旦とココナッツのマフィン)

今日のプライベートで話していて改めて感じたこと。

アーユルヴェーダでは受精の瞬間にその人の体質

プラクリティが決まります。

それはお父さん、お母さんから受け継いだもの。

そこに行き着く壮大な流れ。長い時を経たカルマ。

宇宙を形作っている知性。

様々なものから奇跡的に産まれた、全員違う唯一の個性。

(きなこクランブルとほうじ茶のマフィン)

その個性は、私たちそれぞれが今世で行う行為が、能力が

より発揮できるようにデザインされています。

そのレシピを受け入れること。

そうすると、自分が行う行為が自ずと見えてきます。

その行為は一見自分の成りたい自分とはかけ離れていたり

やりたい、と思う事とは少し違うかもしれません。

でも、その霧がスッと晴れるようなそんな瞬間がやってきます。

(甘夏のヴィーガンタルト)

それは起こそうと思って起こる人もいるかもしれないけど

きっと、ただただ今自分がすべき事に集中しているうちに

気がついたらその中心にいるような感覚かもしれません。

そのように生きていると、作ろうとしなくてもそこに「調和」が生まれていくように思います。

धर्मः [dharmaḥ]

様々な言葉に訳される「ダルマ」

 

今この瞬間にやるべきことを集中してやること。

自分に与えられたものを受け入れ、その力を発揮すること。

その中で自然に生まれていく調和。

その調和は更に大きな大きな全てを包み込む何かと同じ質のもの。

そんな調和を一緒に過ごす時間。

それがヨーガだと思います。

(まっすぐな虹、天使がそこにいるかのよう)

では6月のプライベートヨーガの日程です!

午後も予約を入れられる場合があるので、お問い合わせください

6月1日(木)10時半から

6月2日(金)10時半から ご予約済み

6月8日(木)10時半から  ご予約済み

6月9日(金)10時半から  ご予約済み

6月15日(木)10時半から  ご予約済み  13時から ご予約済み

6月16日(金)10時半から

6月19日(月)10時半から ご予約済み

6月22日(木)10時半から ご予約済み

6月23日(金)10時半から  ご予約済み  13時から ご予約済み

6月24日(土)10時から ご予約済み

6月26日(月)10時半から  ご予約済み

6月29日(木)10時半から  ご予約済み

6月30日(金)10時半から ご予約済み 13時から ご予約済み

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